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第一章『第三話:逢魔の森にて・3』

 輝く(コア)を包む濁った緑の塊が、霞のようにぼんやりと掻き消えてゆく。
 ユダの利刃に貫かれた七色の宝石は、(いびつ)な亀裂をいくつも走らせたのち、微かな破裂音を響かせ、粉微塵に砕け散っていた。
 細かな光の粒子が、湿った瘴気を含む生ぬるい風の中へ、吸い込まれるようにさらさらと溶け、儚く消えてゆく。
 宙を漂う虹色の煌めきは、まるで伝承の世界に見た、妖精が振り撒くとされる魔法の鱗粉のようだ。
 異形との戦いは常に死線の連続だが、毎度この瞬間だけはいつも、それまでの苦境を忘れて見入ってしまう。
 僅か数瞬ほど前まで、あの美しい飛沫が醜悪な怪物の一部であったなどとは思いもしないくらいに、それは途方もなく幻想的な光景であった。
「――平気か、ユダ」
 そんな白日夢のような光景にとことん見惚れていたユダであったが、傍らへ小走りに駆け寄ってきたサイのひと声によって、唐突に我を取り戻していた。
 サイの顔色は、一貫して余裕綽々を崩さなかった今までが嘘のように、蒼ざめて見えた。
 その原因は間違いなく、ユダの負った怪我の具合にあるのだろう。
 恐る恐る目に入れた足首の傷は、無理くり動かしたことも災いしてか、急激に悪化が進んでいるように見えた。
「うーん……どうだろうね。感覚がないからあんまり気にしてなかったんだけど」
「馬鹿、呑気に言ってる場合か。だったら尚更ヤバいってことじゃねえかよ」
「そ、そうだね……」
 曖昧に言葉を濁したユダは、苦笑いを浮かべてちらと足元を側める。
「出来ればもうあまり詳しく見たくはない」と訴えたところで、きっと彼は許してくれないだろう――生唾を飲み込んでひと呼吸置き、ユダは再びまじまじと傷口を見つめた。
 まるで、大火傷の痕だ。膝上までを覆っていた革製のブーツは、もはや原型をとどめていない。表皮はじゅくじゅくとただれ、ところどころ生々しい赤の筋組織が露わになっている。
「大丈夫、応急処置なら出来るよ。初級の白魔術の心得はあるから」
「そうは言ってもな――ここまで重傷なんじゃ、手の施しようがねえだろ」
「やっぱり、そうかな……」
 痛みを感じていないことも相まってか、未だユダには眼前の()()が、自らの肉体の一部であるという実感が湧いてこない。
 自分でも薄気味悪くなるくらいに、ユダの胸の真ん中は静寂を保ったままだった。
 ボロ布のように成り果てた革のブーツを引っ剥がそうとした時、突然目の前にしゃがみ込んできたサイが、荒々しくユダの手首を掴み上げていた。
「駄目だ、触るな!」
 全身をびくつかせたユダは、何事かと目をしばたたかせて、剣呑とした面持ちのサイを見上げる。
「無闇に触るな。火傷ん時に衣服を無理矢理剥ごうとすんのはご法度だって知らねえのか。下手すると皮膚まで一緒に剥がれちまうぞ」
「だって、このままじゃ治療が――」
 白魔術における、基礎中の基礎――対象者の自然治癒力を飛躍的に高める《治癒(ヒーリング)》の術式を使用するにあたり、施術前に可能な限り傷口を露出させておくことは、もはや知らぬ者のない常識である。
 その理由は、単純明快。傷口が塞がってゆく過程で、異物が皮膚の内側に入り込むのを防ぐためだ。
「とにかく、駄目なもんは駄目だ。それに、ここは傷を癒すのに適した場所じゃねえだろ」
「それはそうかもしれないけど」
 確かに、この決して衛生的とは言えない環境下で《治癒(ヒーリング)》を使用するのは、ややリスクが高い気もする。
 かと言って、今やユダは、治療を済ませなければ動くこともままならない身である。
 ならば一体、どうしろと言うのか――思わずユダは、傍らのサイに非難めいた眼差しをぶつける。
 そんな折のことであった。
「わっ!」
 躊躇なく、鋼の手甲に覆われた腕を、ぬかるんだ地面とユダとの間へ滑り込ませたサイは、軽々とユダを抱え上げていた。
 穴だらけのマントの裾から、はたはたと濁った雫が滴る。
「さ、サイさん……?」
 手の中から零れ落ちそうになった愛剣を慌てて掴み直し、ユダはおずおずとサイを見上げた。
 森の出口と思しき方角をまっすぐに見つめたサイは、出会ってすぐの頃とは打って変わって、ひどく消沈しているように見えた。
「悪い……出来るもんなら俺が治してやりてえんだが、生憎白魔術とはからきし相性が悪くてな。腕のいい癒し手のところへ連れてってやるから、もう少し我慢してくれ。“城”へ戻りさえすりゃ、そんな奴はいくらでも居るんだ」
「城? 城ってまさか、貴方は――」
 はっと目を見開いたユダは、サイの憂い顔を真っ向から捉えようとする。
 ところが次の瞬間、唐突に訪れた邪悪な“変革”が、ユダの意識からすべてを弾き出していた。

 ――息を呑む。
 言葉を失ったユダの二つの瞳は、サイの後方で恐怖の空間が(あぎと)をこじ開ける瞬間を、しかと捉えていた。

 まさか、仕損じていたか?
 それとも、新手?
 突如、凶夢のごとく再来した《隷鬼》が、まさに今、目の前の標的に喰らい付こうとしていたのである――!
 只ならぬユダの形相に気付いたサイが、弾かれたように振り返る。しかし、どういうわけかユダの眼前の景色は、ここで唐突に暗転していたのだった。

 その瞬間、ユダの視界を覆っていたのは、一面の闇色であった。
 しかしながらユダは、恐怖のあまり思わず閉眼してしまったわけではない。
 直観的な感覚でもって、ユダは即座に理解していた――鼻根に慣れた安らぎの匂いを連れ、視界のすべてを独占した“それ”が、自らの待ち望んだ“奇跡”そのものであったということを。
 それは、いつも傍らにあった半身。ユダがこの世で最も厚い信頼を置く、無二の相棒その人であったのだ。
「ユダ……捜したよ」
 安堵の気配に包まれたのち、すぐさま頭上から無数の大気の塊が吹き付けてくるのを感じた。辛うじて襟元にしがみ付いていたマントがするりとほどけ、猛烈な速さで下方へ吸い込まれてゆく。その様を見送ってようやく、ユダは自らの現在位置を把握していた。
「ガラハッド――! 来てくれたんだね!」
 ここは、枯茶の天蓋を突き抜けた上空である。ユダを抱えたガラハッドが、浮遊の魔術で空へ翔び上がっていたのだ。
「あっ……でも、サイさんは? サイさんはどうなったの!」
「サイさん……? それって、あそこに倒れてる男のことかい」
 呑気なその台詞が終わるか終わらないかのうちに、ユダの全身は、あまり居心地の良くない落下の無重力感に包まれていた。
 胃の腑を持ち上げられるような感覚はまさに鳥肌ものであったが、そんなことはすぐにどうでもよくなった。
 地上に降りたガラハッドの足元には、濁った水溜まりのど真ん中に顔面着地したサイの姿があったのだ。
 孔雀色(ピーコックブルー)の異国風の装束と、光沢を抑えた深紫の塗装が施された、鋼の軽鎧(ロリカ)。そして、腰に佩かれた紅蓮の剣――天蓋の割れ目から射し込む光を頼りに見た、彼の小洒落た装備品一式は、これでもかと言うくらいに大量の泥を被ってしまっている。しかし、異形の餌食となるどころか、彼の身に新しい傷は増えていないようだった。
「良かった、無事だ!」
 唐突に舞い込んできた至上の幸運(ツキ)に、ユダは思わず歓声をあげていた。

 ――ここまでの数瞬数瞬で垣間見た光景を繋ぎ合わせてみる。
 ユダが息を呑んだ瞬間、突如現れた《隷鬼》のもう一匹が、油断しきったサイの背後に迫っていた。そこへ、間一髪のところで駆け寄ってきたガラハッドが、呆然と立ち尽くしていたサイを突き飛ばし、その腕の中からユダを掠め取る。そして彼は、浮遊の魔術を発現させ、そのまま上空へと駆けのぼった――事の一部始終は、おそらくこんなところだったはずだ。
 ちなみに今も、ガラハッドの発現させた《浮遊(レビテーション)》の術式は効力を発揮したままになっているらしい。ユダを含めた二人の体は、地面すれすれのところをふわふわと漂っている。
「そんなことより、どうしてこんな所に……どれだけ長い時間捜し回ったと思ってるんだ」
 彼のトレードマークとも言える黒い鍔つき帽子の淵からは、アメジストの瞳が覗いている。いつもは真ん丸なはずのその瞳が楕円に近い形に据わっているのは、紛れもなく彼が、不機嫌さを露わにしているからだろう。
 まずい、これは相当怒ってるな――
 焦燥に煽られるあまり、圧力の塊が喉の奥で暴れているような感覚をおぼえる。
 口端をひくつかせ、苦笑いを浮かべたユダは、おずおずと地面を指差していた。
「話せばいろいろと長くなるんだけど……まずはあの異形を何とかしないと、ね?」
「《隷鬼》ならもう居ない。さっき僕がすれ違い様に核を潰してやったからね」
 何でもないことのように平然と言ってのけたガラハッドは、視線の動きひとつで術式を解除し、音もなくふわりと地上へ降り立っていた。
 唖然としながら辺りを見回してみる。
 彼の発言通り、つい先程まで恐怖の源泉となっていた《隷鬼》の姿は、どこにも見えなくなってしまっていた。
「ユダ、前にも言ったはずだろ。《隷鬼》は生命の危機を感じた時、核を二分裂させて死亡を回避しようとする事があるって。分裂後の《隷鬼》は、元の個体には遠く及ばないほど弱体化するけど、それでもあそこまで油断し切っていたら、対処のしようがない」
「ご、ごめん……すっかり忘れてたよ」
 ぬかるんだ地面の中でも比較的湿り気の少ない箇所を選び取りながら、嘆息を零したガラハッドは、そっとユダを地面に座らせた。
「しかもこんなに酷い怪我を――君の未熟な白魔術じゃ、傷は塞がっても痕が残ってしまうよ。僕が治すから、楽にしてて」
 さっと曇りを強めたガラハッドの横顔は、いつもの優しい彼そのものだ。彼の高等魔術をもってすれば、どんなに劣悪な状況下であろうと、どれほどの重傷であろうと、立ちどころに癒すことができるだろう。
 不謹慎ではあるが、怪我をしていなければこの後どれだけ長い説教をされていたのだろうと考えると、ユダはその“不幸中の幸い”をありがたく思わずにはいられなかった。

「待て待て待てっ! 他人様を汚ねえ泥ん中へ突き飛ばしといて、何堂々と雰囲気作ってやがんだ、このエセ牧師野郎!」
「――あ」
 そう言えば、()()()()の存在をすっかり忘れていた。
 思わずユダが身をすくめると、全身泥まみれになったサイが、顔中を憤怒の紅に染めて、ずかずかと詰め寄ってくるのが見えた。
「何を怒ってるんです、貴方は。助けて貰っておいて、その態度はないでしょう」
 ところが、詰め寄られたガラハッドは、いかにも迷惑そうに眉を(ひそ)めただけで、顔色ひとつ変えようとはしない。
「スカした(ツラ)しやがって! 何様だ、てめえは!」
 その淡白な反応にますます怒りを募らせたサイは、目元を三角に吊り上げ、ひたすら切歯扼腕している。もはや今にも殴りかかって来そうな勢いである。
「てめえのありがてえ“救助”とやらで俺は、危うく泥水ん中で溺死するとこだったんだぞ! つーか、しこたま飲んじまっただろうが! 腹壊したらどうしてくれんだ!」
 鼻先を擦り付けんばかりの距離で凄みをきかせるサイの剣幕は、ほとんどチンピラ同然である。もしもユダが、街中で同じ現場を見かけたとするなら、まず間違いなく見て見ぬ振りで立ち去ろうと考えるだろう。
 しかし、それでも相棒は動じない。涼しげな目元でちらと明後日の方角を見つめたガラハッドは、「やれやれ」と面倒臭そうに息を吐いていた。
「それは不幸な二次災害というものでしょう……そんなことでいちいち因縁をつけられても困ります。命があるだけ有難いとは考えられないんですか」
「何だと! ヌケヌケと言いやがって、このガキ――!」
 それにしても、だ。
 この泥まみれの姿で喚き散らすチンピラのような男と、自らを“天才魔剣士”と称し、自信たっぷりに大立ち回りを見せていたあの男が、同一人物だなんて――。
 本人が無事でいたことに安堵をおぼえたせいか、不意に瑣末な思いがユダの頭をよぎっていた。
 すると途端に、腹の底からどっと笑いが込み上げてくる。
「おいコラ、ユダっ! お前今、笑ったろ!」
「いや、そんなことないって……」
 どうにかその衝動を圧し殺してしまおうと、ユダは下腹に力を入れ、相棒の胸元に鼻先をうずめていた。
「せっかく体張って助けてやったのに、手柄を根こそぎ横取りされるとは思わなかったぜ。今日はとことん、ツイてねえ――」
「ユダを、助けた? 貴方が?」
 幼さの残る面差しを怪訝げに曇らせ、サイの発言の真相を確認するかのように、ガラハッドがこちらを振り返ってくる。
 困惑しながら微笑んだユダは、怒り散らすサイをちらちらと気にしながら、ひたすら頬を掻いていた。
「ホントだよ。さっき助けてもらったんだ、《隷鬼》に襲われてるところを。サイさんが居なかったら、君が来てくれる前にやられてたかもしれない」
「ふーん、そうなの……やっぱり君は、まだまだ精進が足りないね」
 ぶつぶつと刺々しい言葉を零しながらも、黒い手袋に包まれた右手で帽子を外したガラハッドは、短く切り揃えた金髪をふわりとなびかせ、サイに向かって深々と頭を下げた。
「うちの不肖の相方がお世話になりました。ありがとうございます」
「へっ――?」
 まさかまさか、素直に深謝されるとは夢にも思っていなかったのだろう。鳩に豆鉄砲の様相で、サイはしばしぽかんと開口していた。
「いや。別にそこまで礼を言われるほどの事でもねえけど」
 そう言ってサイは、どこか気まずそうに頭を掻いた。
 過ぎ去ったことにはこだわらない性分なのか、彼はすぐさま気を取り直し、「まあ気にすんなよ」と、明るくガラハッドの肩を叩こうとする。
 しかし、サイの手の平が肩に触れる寸前で、一足早くガラハッドは、ぬらりと顔を上げていた。
「僕はガラハッドといいます。差し出がましいこととは思いますが、僕は一応二十歳なので、ユダよりも年上です。貴方より年上だとは思いませんが、ガキだと言われるような年齢ではありません。それから牧師でもありませんので、お間違いの無きよう」
「苛つくぜ……何かお前の話し方、丁寧なようでどっか棘があんだよな」
 ニコニコと笑顔を振り撒きながら矢の勢いで話し続けるガラハッドの傍らで、じっとりと瞳を細めたサイが掠れた声で呟いていた。

「ま、とりあえず雑談はこのくらいにして、早くそいつの傷を治してやってくれよ。この後ユダにはいろいろと用事があるしな」
 にやりとほくそ笑んだサイの真意には、てんで心当たりがない。
 何しろ今までは、終始緊張の連続だった。何か聞き漏らしでもしていたのだろうかと、ユダは思わず首を傾げていた。
「用事って何のこと?」
「何言ってんだよ、ユダ。言っただろ、お前は俺の好みだって。とんだ邪魔が入ったが、俺はお前を口説いてる途中だったんだよ。無事に生還できたことだし、これから二人で祝杯といこうぜ」
「……はぁ?」
 そういえば、途中でそんな話もしていたような――。
 覚えがないのも当然である。言われた当初こそ面食らったものの、どうせ本気のはずがないと、気にも留めていなかったのだから。
「突然何を言ってるんですか、貴方は……こちらにだって都合というものがあるんですよ。僕らは旅の相棒同士なんです。一人の勝手な意思だけで行動しているわけでは――」
「俺が見かけたとき、こいつは一人だったぜ。お前はさっきまでどこにいたんだ?」
「え? それは……」
 語尾を濁したガラハッドが、何やら後ろめたそうにちらとユダを側めるのが分かった。
 彼が言葉に詰まる様子を見せるのはとても珍しいことである。単純に彼の答えが気になったユダは、口元を引き結んだガラハッドをじっと見上げていた。
「いや、そんな細かいこたぁどうでもいいんだ。お前はよくやってくれたよ、ガラハッド。とにかく今日は一晩、お前の相方を借りてくぜ。こいつにも()()()は必要だよな?」
 しかし、その追及を早々に切り上げたのは、質問者のサイ自身であった。
 これで二人の攻防は終息を迎えるかと思われたが、攻撃の手を緩めたサイに、ガラハッドは果敢にも反撃を挑もうと、尚も食い下がっていた。
「仰っている意味が分かりませんね。僕は貴方のためにユダを助けたわけではありません」
 重苦しい沈黙が流れる。
 睨み合う両者の目元からは、激しい威圧感が火花のようにほとばしっているような気がした。
 ――何でもいい。ここは話題を変えよう。
 遠慮する必要なんてない。思い切り水を差してやればいいんだ。
 板挟みにされたユダは、視線の遣りどころを探し求めるのと同時に、気の利いた話題は見つけられないものかと懸命に思案し始める。
「そういえば、ガラハッド。今日は昼になっても全然起きて来なかったよね」
「えっ――そんなことはないよ。布団を被ってただけで、寝てはいなかったと思うけど」
 毒気を抜かれたように、突如としてガラハッドの面持ちから険が消え失せた。
 ――嘘だ。
 何とはなしに振り渡した話題であったが、相棒の反応は驚くほど著しい。彼はおそらく何か、やましい問題を隠しているに違いない。
 一見するとポーカーフェイスを気取っているようだが、こう見えて彼は意外に分かりやすい性格をしている。
 そもそもユダには、彼が隙を見せる場面に遭遇することそのものが少ないが、ここまで追い詰められればもはや、“勝ち”は見えたも同然だ。
「じゃあ、なんで起きてこなかったの? 君が全然起きてこないから、僕は退屈しのぎに一人で街を散策する羽目になったんだよ」
 ぴくりと、ガラハッドの形の良い眉が跳ね上がった。
「知ったことか」と、如何にも口ごたえを挟みたがっているかのような顔付きである。けれど、それでも彼は、後ろめたさの理由(わけ)を打ち明けたくはないらしい。
 もう充分だ。こういう時の隠しごとは、だいたいいつも決まっている。
 そうしてユダは、とっておきの手札(カード)を切り出しにかかったのだった。
「昨日の夜は、遅くまでどこほっつき歩いてたの? もしかして、またどこかで女の子引っ掛けて、別の宿に連れ込んでたんじゃ――」
 長い逡巡があり、苛つきを露わにしていたガラハッドの表情が、乾いた笑顔に変わっていた。大量の汗を滴らせるガラハッドを肴に、サイが満面のしたり顔を浮かべている。
 そんな二人を横目に見ながら、ユダは大きく深く、長嘆息を漏らしていた。
「男って、結局みんなこうなのかな……」

 

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